2019年8月、常磐道にて煽り運転からのパンチ連打で話題の男性、宮崎文夫の話です。

 

こんな些細なニュースで話題になるのは、被害者のドラレコに映っていた映像があまりにも衝撃的過ぎるものだったからでしょう。

 

煽り運転の宮崎文夫、キーエンスでは落ちこぼれで半年で退職してたe

 

そんな宮崎文夫さん、キーエンス時代のエピソードが非常に興味深いので記事にしてみました。

 

こんな男がキーエンス・・・いったいなぜなんでしょうか。

 

 
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煽り運転、宮崎文夫のプロフィール

 

まずは宮崎文夫のプロフィールからどうぞ。

 

知ってる方は読み飛ばしちゃってOKです。

 

名前:宮﨑文夫

生年月日:1975年か1976年、誕生日は不明

年齢:43歳(2019年8月現在)

身長:正確な数値は不明だが、映像を見る限り170~175cmくらい?

職業:不動産会社経営

 

詳しい経歴はこちら。

 

学歴はすごいんですけど、社会人としての仕事っぷりは・・・。

 

 
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煽り運転、宮崎文夫の働いていたキーエンスとは?

 

続きましてキーエンスの紹介を。

 

煽り運転の宮崎文夫、キーエンスでは落ちこぼれで半年で退職してた1

株式会社キーエンス

本社所在地:大阪府 大阪市 東淀川区

設立:1974年

業種:電気機器

事業内容:ファクトリーオートメーション用の各種センサ、測定機器及びその他電子応用機器の開発並びに設計、製造及び販売

資本金:306億円

社員数:6602名(連結含めて、2018年3月)

市場:東証1部(1989年上場)

 

簡単に言うと精密機器を製造し、世界中に販売している会社です。

 

キーエンスはサラリーマンの間では『給料が良い』と有名です。

 

2019年3月期の平均年収は平均年齢35.8歳で2110万円であり、給与や賞与面以外でも社員の待遇が良いと評判の、日本を代表する優良企業です。

 

世界50か国に進出し、海外売上比率は5割を越えます。

 

日本の技術の高さを世界中に知らしめ、こうやって紹介してるだけでなぜか私の鼻も高くなるような(笑)素晴らしい会社です。

 

当然入社もかなり難しく、面接も4次まであると言われています。

 

この辺りはその年によって変動するかも知れませんが。

 

こんな会社に就職出来た宮崎文夫って実はすごいのかも知れません。

 

煽り運転の宮崎文夫、キーエンスでは落ちこぼれで半年で退職してた

 

宮崎文夫と同期で入社した男性が文春のインタビューを受けているのですが、その方の受け答えがとても興味深いです。

 

宮崎文夫がキーエンスに入社出来たのはやはり学歴と、面接での立ち回り方がうまかったのが要因でしょう。

 

人間的には信頼に値しない人物ですが、やはり3度4度面接したくらいでは、その人間の本質は見抜けないようですね。

 

宮崎文夫は1974年か1975年生まれですので、2000年4月にキーエンスに入社した時には25歳か26歳だと思われます。

 

大卒だと普通は22歳ですので、どこかで浪人していたか留年していたか、もしくは中途採用だったという事でしょう。

 

宮崎文夫はクルマが大好き

 

このインタビューを受けた男性によると宮崎文夫は若い時から車が大好きだったようです。

 

学生時代からなんとBMWアルピナのネイビーの5シリーズに乗っていたというのです。

 

アルピナというのはドイツの自動車会社で、主にBMWの車をベースに大幅にチューニングした高性能車を製造して販売している会社です。

 

大幅な改造ですので、改造というよりはむしろ製造という言い方の方が適切かと思います。

 

アルピナの5シリーズというと、今ではB5やD5がありますが、宮崎文夫が学生時代だった当時(おそらく1995年~2000年くらい)は『B10』という名前でした。

 

※B5という名前で最初の車が作られるのは2005年以降です。

 

B10の気になる新車価格はおよそ1300万円~1800万円です。

 

宮崎文夫が乗っていたB10が新車なのか中古車なのかはわかりませんが、こんな超高級車を乗り回す大学生はかなり異質ですよね。

 

マンション経営をしていた親に買ってもらったか、もしくは親のお下がりか、どちらかではないでしょうか。

 

宮崎文夫が学生時代に乗っていた車についてはこちらの記事で詳しく解説しています。

 

宮崎文夫は仕事ができなかった

 

そんな宮崎文夫、当時から金のネックレスをつけていて車と女性の話ばかりしていたそうです。

 

そんな新入社員だったので、周りと話が合わず、同期の間でもかなり浮いた存在だったようです。

 

仕事の方はからっきしだったようで、仕事以前に社会人として非常識な部分が多かったとのこと。

 

ビジネスマナー講習の場では白いワイシャツの下にハードロックバンドの黒のTシャツで先輩から怒られていたそうです。

 

新人研修の成績もぶっちぎりで最下位でした。

 

ちなみにキーエンスの入社試験に筆記試験はありませんでした。

 

適正試験はあったんですけどね。

 

新人研修後は高性能顕微鏡を販売する部署に配属されたのですが、研修が終わって退職するまでの数か月で1台も売る事が出来なかったようです。

 

確かに高額な物を販売するのは、安価な物を売るよりはるかに難しいので、専門的な知識や経験が必要ではあるのですが・・・。

 

しかし売ってナンボの世界で結果を出せないというのは、宮崎文夫本人にとっても会社にとっても残念な結果ですよね。

 

宮崎文夫の人間性

 

暴力的なイメージが強い(むしろそのイメージしかしかない)宮崎文夫ですが、社内で暴力をふるう事はありませんでした。

 

頻繁に上司に怒られていたのですが、全く反省せず、むしろ怒られている意味を理解していないと思われるほどだったそうです。

 

そんな宮崎文夫、キーエンス入社後の半年の2000年9月には退職してしまいます。

 

クビではなく、自ら申告しての退職です。

 

退職時の言葉は『中古車屋でもやる、俺はビッグになる』です。

 

車が大好きだったようなので中古車販売に興味があるのはわかるのですが、その後はなぜか英語塾の講師になっており、中古車販売をしていた事実は明らかになっていません。

 

難関と言われるキーエンスへの就職は出来たものの、そこでの仕事には疑問を感じていたようですね。

 

これをもったいないと捉えるか、自分にあった仕事をすべきと捉えるのかは人によって意見が違うところですが、私自身も大きな会社を2度退職した経験がありますので、当時の宮崎文夫の気持ちがわからないでもありません。

 

煽り運転の宮崎文夫、キーエンスでは落ちこぼれで半年で退職してた、まとめ

 

以上、今回はキーエンス時代の宮崎文夫についてまとめてみました。

 

おもしろい話を提供してくれる文春さんには足を向けて寝られないですね・・・。

 

優良企業を退職した宮崎文夫ですが、その後は不動産会社で成功を収めてポルシェのカイエンという新車で1500万円ほどもする高級車を所有しています。

 

文字通りビッグにはなったと思うのですが、やはり人間的な部分はダメですよね。

 

暴力はもっての他ですし、いい大人なんですから気性の荒い部分は人前で晒してはいけません。

 

被害者にもきちんと謝罪して反省して欲しいと思います。

 

てことで今回はこの辺で。

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 

では。 (=´▽`=)ノ

 

 
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